恵くん誕生日話。 ---------------------------- 日曜日。 土曜も授業のある私立に通う俺にとって、日頃の睡眠不足を補える貴重な休日だ。 まだ、いつもなら絶対に目が覚める事の無い午前7時。 あいつ等が俺の部屋にやって来た。 「恵ー」「恵くん〜」 玄関から聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、ドンドンとドアをやかましく叩く音がした。 +クローバー+ 普段、俺は生徒会の仕事をしているんだ。 正直言って睡眠の邪魔だけしないでほしい。 特に本来仕事をすべき人間…泰に邪魔をされるのは不愉快この上なかった。 ドンドンとドアを叩く音は部屋中に響いている。 でもあえて俺はそれを無視する事にした。 「恵くんいないのかなぁ…?」 叩く音が聞こえなくなったかと思えば、泰の声が聞こえる。 「バーカ。まだ朝の7時だぞ?…部活の朝練だってまだねぇのに外にいるわけねーだろ?」 泰の問いに瞑が答えている。 …どうして瞑が運動部の朝練の時間を知っているんだ…? あ。そうか。 瞑は一応テニス部掛け持ちしていたな。 俺の中の瞑は、あのホスト部だとか下らない部活に行ってるとしか印象にない。 …そういえばちゃんとテニス部に行っているんだろうか。 「アイツは寝てるな、絶対に」 「そっかぁ…。じゃあ邪魔になっちゃうね」 一言お前等に言いたい。 邪魔どころか、既に俺はお前等に起こされたんだが? 「出てくる気配ねぇし、此処に置いていくか」 「んーそうだね〜」 「その内気がつくだろ」 二人がなんだか話し込んでいる。 すると今度はガサガサと音がする。 …全く。 アイツ等は人の部屋の前で何やってるんだ? 「んじゃま、飯食いに行くか」 「うん!」 暫くすると靴音が遠ざかっていく音が聞こえた。 そして来る静寂。 どうやら二人は食堂に向かったらしい。 「はぁ…ったく」 すっかり目は覚めてしまった。 人の貴重な睡眠時間を潰されて、俺はため息しか出ない。 「…あいつ等何を置いていったんだ…?」 二人は入口に何を置いていったんだろうか。 特に出かけたという話は聞いていない。 「とりあえず、見に行くか」 テーブルに置いてあるメガネを取って着けて俺はベットから起き上がった。 別にメガネを着けていなくても問題ないのだが、起きてから寝るまでずっとメガネを着ける事がもう癖になっている。 ちなみに俺は視力は悪くない。 両目とも1.5。 所謂、伊達メガネだ。 ドアを開けると目の前は、見慣れた寮の廊下だ。 床に二人が置いていった物は見当たらない。 …ということは、ドアノブか。 ドアを閉めて見ると、ドアノブに1つ袋がかけられていた。 二人が置いていったのはこれなんだろう。 俺はそれをドアノブからゆっくりと外す。 部屋に戻って袋の中を覗くと包装紙に包まれたものが2つ入っていた。 それを見て俺はピンときた。それと同時に壁に飾られてるカレンダーを確認する。 「あぁ、もうそんな時期か」 毎日毎日生徒会の仕事が忙しいからすっかり頭の中から抜けていた。 本当、二人ともよく覚えていたな。 俺の誕生日。 中身は大体分かっている。 毎年二人が買ってくる物は… 「やっぱり」 袋から1つ中身を取り出して、包装紙を取ってみる。 案の定そうだった。 多分、これは泰だろうな。 真っ白いテディベアが入っていた。 もう一つのは瞑か。 残りの包装紙を取ってみる。 開けてみると、ターグブルーの縁取りのメガネだった。 本当、毎年よく見つけられるな。 一見、何も共通点が無さそうな二人のプレゼントには共通点がある。 泰がくれた、テディベアの右足の裏に。 瞑がくれた、メガネのフレームの横に。 クローバー。 4月18日。 今日は俺の誕生日だ。 4月18日の誕生花。 誕生花は沢山あるが、その内の一つがクローバーだった。 まだ俺達が初等部に通っていた頃、泰が図書館から借りてきた一冊の本から全ては始まった。 3人で自分の誕生日の花を調べた時、瞑と泰の花の名前が聞いた事も見た事もない花ばかりで (実際に見た事が未だに無い。柏木なら見た事ありそうだが) 唯一、俺達が知っていたのが、俺の誕生花…クローバーだった。 偶然にもその日が俺の誕生日の前日だったせいか、 帰りに二人から道に生えているクローバーを歳の数だけ貰ったのだ。 それが全ての始まり。 それから毎年、二人は俺の誕生日の度に、クローバーが施されている物を俺にくれる様になったのだ。 …しかも、今まで貰った物は何一つ被った試しがない。 マグカップだったり携帯ストラップだったり手帳だったりと豊富な種類を今までに貰っていた。 いつの時だったか、瞑と泰が毎年この時期になると無意識にクローバー系の物を探すんだとか言っていたな。 決めた。 明日は瞑がくれたこのメガネを着けて学校に行こう。 泰が部屋に勝手に遊びに来た時は、ちゃんと本人に見える様な位置にテディベアを配置しよう。 俺は次々と計画を練り始める。 実は、最初にくれたクローバーを未だに押し花のしおりにして持っているだなんて二人は思いもしないだろう。 しかも貰ったものをどうしようかと毎年考えてるだなんて絶対に知らないだろうな。二人には絶対に言わないが。 ただ次の日に二人に『ありがとう』と言えば、それでいい。 二人が別々に、俺へ歳の数分を送ったクローバー。 (つまりは実際の歳の2倍の量だが) 全てはそこから始まった話。 それから、一度くらいは二人の誕生日に誕生花の本物でも送ってやろうか。