「とーるちゃんなんてだいきらいっ!」 生徒会室で一際大きくて高い声が響いていた。 声の主は実だった。 彼は生徒会室の入り口で泰と向かい合っていた。 実のいきなりの声で全員の視線が一気に実に集まる。 言われた当の本人……泰は一瞬ぽかんとしていたが、 言われた事の意味を知ったのかうつむいていた。 実は泰を一瞬見た後、そのまま生徒会室のドアを開けて外へ出て行っていく。 生徒会室は静まりかえる。 さっきまでは何時ものように穏やかな時間が過ぎていたのだが、 急の実の発言で一気に空気が変わってしまった。 先程まで二人は仲良く一つのパズルを組み立てていた筈だった。 その際、喧嘩した様な声を荒げた事は一切誰も聞いていなかった。 ただ楽しそうな二人の声が生徒会内に響いていただけで。 なのに急に実は泰の事を「だいきらい」と言い出し、出て行ってしまったのだ。 「ちょっと、どうしたんですか?」 「わ……わかんない」 沙百合が泰に聞いても本人もよく今の状況がわかってないみたいだ。 「お前、実の嫌がる事でもしたんじゃねぇのか〜?」 「ううん、僕は何もしてない」 瞑は茶化すように言うが泰の顔は強張ったまま答える。 ただ今言われた事が相当彼女の中で響いているのだった。 龍之介が腕を組みながら何か考えている。 撫子も今の状況に心配そうに泰を見つめていた。 早々に喧嘩ではないらしいと勝手に判断した恵は、視線を泰から目の前にある書類へと戻していった。 大量の束になっている書類に一つ一つサイン又は指示を書いていく。 生徒会室は恵が書く筆記の音だけしかしなくなった。 柊は今生徒会室にはいない。今の時間は中庭をいじっている時間だ。 真夜も今日は気まぐれに部活に出ている。 今生徒会室にいるのは、泰、瞑、恵、沙百合、撫子、龍之介の6人。 そんな中6人は今の状況をどうするか考えていた。 「僕、何かした、のかな……」 泰が今にも泣きそうな声で呟く。 その言葉にさっきまでは茶化す態度だった瞑も心配になったのか「平気だって」と安心させる様に泰の頭をがしがしと撫でる。 沙百合も心配そうに泰の傍に行く。撫子も同じく泰の所に向かった。 龍之介は撫子達のそんな様子を見ながら、ふと壁のカレンダーを見つめる。 そのカレンダーを見て、 「あぁ、そういう事ですか」 何か解った様に呟いた。 その言葉に今度は龍之介の方に全員の視線が集まった。 皆の視線に気がついた龍之介はふと笑って視線を受け止める。 「ちょっと少しだけ外に行ってきます」 何か内容を聞きたそうな沙百合達の視線を振り払って、すたすたと龍之介は生徒会室のドアへ向かう。 ドアを開けて部屋を出るか出ないかの所で龍之介は皆の方へ振り返って、 「お願いがあるんですが、カレンダーまだ先月のままになっていたので今月に換えてくれませんか?」 そう言って生徒会室を出て行った。 カレンダー? 恵以外の全員が龍之介の言葉に疑問を抱く。 撫子はそこではっとして気がついた。 「そうです!今日は……」 ――――――――― 「おや」 生徒会室を出た龍之介はドアのすぐ横にいる実を見つけた。 実は奥の方を向いていたので実が今どんな表情でいるのか解らない。 でも、理由が解ってしまった今では実の表情がどんななのか手に取るかのように解る。 「実さん」 「……」 「――なんであんな嘘ついたんですか?」 その言葉に実はビクっと体を揺らしてゆっくり龍之介の方へ振り返った。 「りゅーくん……」 やっぱり。 龍之介は心の中で静かに笑う。 実は泣いていた。 「だって、だってぇ、きょうは」 「エイプリルフール、ですよね」 ため息をついて言う龍之介に実は驚いた様に顔を上げる。 「っ!……りゅーくん知って」 「僕もカレンダーを見て今さっき気がつきましたよ。生徒会室のカレンダーが3月のままだったので皆さんはすっかり忘れてるみたいですけどね」 「うぅー……」 ぐずっとしている実に龍之介は容赦なく言う。 「泣く位嫌だったらやらなければよかったのに、なんでそんな事したんですか」 「うわぁあああああん!」 言ってしまったら最後、実は龍之介に抱きついて本格的に泣き出してしまった。 自分が泣かせたわけではないのだけど何となくばつが悪いので龍之介は泣いている実の頭を撫でる。 頭を撫でられると人は安心するものだ。 現に実も撫でられた事によって少しずつ泣き声が止んでいく。 「ぼく……今日エイプリールフールだって知って、だいすきなきなとーるちゃんにだいきらいって言ってみようと思ったの」 「……」 実が少しずつ理由を話すのを龍之介は黙って聞く。 「でもじっさいに言ってみたら、とーるちゃんがすごくかなしそうな顔をしちゃって……、 なんてことしちゃったんだろうって思って、その場にいたくなくなっちゃって部屋を出ちゃった……」 ゴシゴシと涙を拭きながら実は説明する。 「……言ってしまった事に対して、罪悪感が芽生えたんですか?」 「うん。ぼく……わるいことした」 「今日はエイプリルフールですよ?」 「でも、こんなことしちゃいけないんだって……ぼく、わかった」 「それならそれでいいじゃないんでしょうか?泰さんに謝りましょう?」 「でも……」 どうしよう……と実は困ってる様だった。 部屋に戻って実はエイプリルフールでした、だなんて言えない状態だと思っているようだ。 「平気ですよ。ちゃんと言えば泰さんだって解ってくれます」 それを察知したのか、諭す様に龍之介は実に言う。 「ほんと?」 「えぇ」 微笑んで言うと、涙を浮かべたままで少しだけ笑ってくれた実は「とーるちゃんにあやまる」と言って静かに生徒会室のドアを開けて中に入っていった。 龍之介は携帯を取り出して時間を確認する。 「まだ午前中ですし、大丈夫ですよ」 午後になったら本当になってしまいますけどね、とその場にはいない実に伝えるように小さく呟いた。 「龍之介さんどうしたの?そんな所に立って」 そこに青いツナギのままの柊が戻ってきた。 「いえ、先程まで色々ありまして。ところで柏木さん、今日は何の日か知ってますか?」 「今日?……何の日だっけ?」 「わかりませんか?」 「え……ごめん、わからないや」 あぁ、本当に今日もここは平和ですねぇと龍之介は呟く。 柊は意味が解らず頭に?マークを浮かべていた。 【終わり】