「なぁ恵〜」
「なんだ?」
「お前って実と泰にとことん甘いよな」
「…別にそんな事はないが?」
「自覚なし、か。まぁいいや、俺様女の子と遊んでくるわ〜」

あの時、瞑に言われた事が頭が離れなかった。



サクサクと歩く音が響く。
俺が息を吐く度に白い煙が上へ登っていって、そしてすぐ消えた。

目の前の道は真っ白な世界が広がっていて、いつもの登校コースな筈なのに知らない所にいる気分になる。
本当、珍しい事もあるんだな。
この学園がある地域は平野にあるせいか寒い日に雨が降っても雪になるなんてあまりない。…寒いと言っても、雪が降る地域から比べればここは随分と暖かいのだが。

そんなここも昨日の夜から雪が降った。

昨晩は泰と瞑と三人で俺の部屋でゲームをやらされていたせいか全く気がつかなかったが、多分その頃から降り出してたんだろう。
朝、目覚ましより先にベランダではしゃぐ泰の声で俺は目が覚めた。全く迷惑極まりないというのはこういう事かとしみじみ思ったな。

先に学校行ってくる、と石田とはしゃぎながら出て行こうとする泰に俺も一緒に行くと言って鞄を持って食堂を出て、現在に至る。


やっぱりついて来て正解だった。
積もってる雪にはしゃぐ2人は危なっかしい。何回も2人は転びかけその度に俺が2人の腕を引っ張って阻止していた。

「ねぇねぇ、けーくん!」

石田がキラキラした顔で俺を見つめてくる。…この時は決まって嫌な予感がする。放課後遊ぼうとか

「ほーかご、みんなで雪であそぼーよ〜」

……正にその通りで俺は心の中でため息をつかざるを得なかった。

「今日は追加で出た部費予算の会議をしないといけない」
「にゅー…」

石田がしゅんとした顔をする。
そんな顔に申し訳ないと思いながらも仕方がない。今日までに予算を決めないといけないんだからな。
…まぁ予算会議と言っても基本皆は話を聞くだけで実際は会計の緑川と2人だけで話が決まってしまうんだが。

「俺と緑川が頑張れば多少は遊ぶ時間はあるかもしれないが」
「本当!?」

俺の言葉に驚いたのは石田ではなく泰。

「じゃあじゃあ、2人の為に応援しなきゃ!!ねー?実くん」
「ね〜、とーるちゃん」

ガッツポーズして、石田と泰はえいえいおーなんてし始める。
というか、泰…お前も遊びたいのか?お前は会長だろう。本来はこの俺の仕事をお前がやらないといけないんだぞ?という俺の心の声が聞こえるはずもなく、前を歩く2人の話題はもう会議後の事で、俺は黙ってそれを聞いていた。

…やはり言った方が良かっただろうか?

実を言うと追加の部費予算会議は各部一つ一つ設定しないといけないもので、それこそ少人数でも部として認定されるこの学園の部活数は果てしなく多い。そもそも今日だけじゃ終わりそうも無い内容だという事でも伝えるべきだったのだろうか。
…いや、生徒会なら部活数だけでも把握してあるはずだ。…馬鹿みたいに記憶力が良い泰なら特に部活数の把握は完璧…だと思うが。
昨日電話で緑川に連絡した時も「データ原稿の締切近いのになぁ」と愚痴っていたぐらいに時間がかかるのだ。…ちなみにデータ原稿というのは何だろう。後で緑川に聞いてみるか。

「恵くん、恵くん」

不意に泰が俺の方へ振り向く。

「何だ?」
「雪だるま作ろーね!」
「ねー!!」

俺に向ける2人の顔を見たら、無意識に頭の中で素早く一時間でもいいから2人が遊べるように時間配分を考えてしまう俺に気がつく。いや、自覚してしまった。

…あぁ、そうか。
2人に甘いっていうのはこういう事か。

「恵くん…?」
「けーくん??」

2人の声にはっとすると心配そうな顔で2人が俺を見ていて、俺が何でもないと言うと2人は安心した顔をする。
見事に息が合う2人を前に俺は小さく笑ってしまった。
2人はきょとんした顔をしてこれまた声を揃えて、変な恵くんと言ってまた俺の先を歩いて行く。



俺は自分の携帯を取り出してメールを打つ。
相手は緑川。…それと兄さんに。
多少兄さんに迷惑がかかるとは思うが、これも教師の仕事として諦めてもらおう。

送信完了。これでいい。
携帯をしまって、2人を見るとまた泰が転びそうになっていた。


仕方ない、また助けないとな。



「滑りやすいから気をつけろ」